エマ・ワトソンの変遷

2014/12/15 22:24
今世紀初頭のファンタジー映画といえば、「ハリー・ポッター」シリーズ。
当時中学生だった私も見にいったし、小説も学校の図書館で予約してまで借りたのを覚えている。
同級生にもファンが多かった。
英語の授業で配られる基礎英語のテネキストお便りコーナーにダニエル・ラドクリフの似顔絵が載ったとき、そんなものを描いて送った奴の下世話さをみんなが嘆いたのが忘れられない。
いまの中学生にも「ルーモス光よ!」と言えば通じるようで、その影響力の強さは今も根強く残っている。
多くの人が想像する現代の魔法使いの世界観が、的確に描かれていたということなのだろう。

前置きはこの辺にして本題に入ろう。


写真で振り返るハーマイオニーの10年!!

(拍手)


探したが見つからないのでつくってしまった。
あまり自信がないので、間違っていたら教えて下さい。


1.賢者の石(2001公開)


2.秘密の部屋(2002公開)


3.アズカバンの囚人(2004)


4.炎のゴブレット(2005)


5.不死鳥のフェニックス(2007)


6.謎のプリンス(2009)


7.死の秘宝(part1:2011・part2:2011)

顔立ちが大人びていくのもさることながら、髪型の変化が目立つ。
最初は前髪があったし、おそらくかつらだけれど後ろ髪がかなりボリューミーだった。
アズカバンあたりから前髪がなくなり、髪のボリュームもふつうに。
ハーフアップにしたり、カールも大きめになったりと、徐々に大人っぽくなっていく。
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季節のない街、春の祭典

2014/02/16 00:07
12月、1月と、Co. 山田うん の公演をたてつづけにみた。
12月は「季節のない街」、1月は「春の祭典」。
どちらもとても見たかった作品で、12月は金沢にまで行ってしまった。
山田うんは何を考えていて、何を伝えたいのだろう、そして私には何が見えるのだろう、と思って。

時間が立ってしまってからの投稿だから記憶は少しおぼろげだけれど書いてみる!
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山田うん《ディクテ》

2013/03/17 20:37
人の記憶に踏み込むという不思議な経験をした。
山田うんの中に蓄積している過去と、彼女と私たちがいま紡いでいて目の前で降り積もっていく時間。
今この瞬間に、そこにある今まで時間を、彼女が行ったり来たりする。
さっきチョークで描いたうねうねした線や、言葉のような文字のような呪文の上を進んだり戻ったり、駆け抜けたり。
足の裏についたチョークが黒リノの上に足跡を残したり。
音楽とセットになった感情が露わに曝け出されたり。
さっきと同じ曲で踊ったり。
さっきとは違うと言葉が発せられたり。
いまを使って未来と過去をいったりきたりするうちに、彼女の「記憶」が立ち現れていたような気がする。

FUKAIPRODUCE羽衣《サロメvsヨカナーン》

2013/02/10 00:47
池袋の東京芸術劇場へ、羽衣を観にいってきたよ。
初 羽衣。
いつもコンテンポラリーダンスを観に行くことが多い私は、まずは客層を見て思った。




普通の人が多い!!




それこそ会社帰りのスーツ姿は一人いたかいなかったかだし、ヨレヨレな格好の人もいなかったけど、黒ずくめや超カラフルな服や妙に前髪が短かい人やアシンメトリーヘアの人も見かけない。
ダンスを観にくる人にはそういう人が多かったけど、それがいかに業界ものなのかを感じる。
それに比べた羽衣の客席の、居心地の良さ。
自分の所属が規定されなくて、匿名性を保ったままでいられることや、自分が舞台を高みの見物できることは、安心できることなんだろうな。
あ、でも宝塚を観るときにはそれって感じないなぁ…
zucca zucaに出てくるような超ディープなファンとは一線を画していることがわかってるからかな。
ってことは、ダンスだとちょっと業界人のつもりでいるってことなのか?
あぁ、tpamやオフ・ニブロール、GRINDER-MANのときが自意識がちょい強かったかも。うーん、劇場に行くことで自意識が刺激されるのかぁ。バカらしいけど、芸術によくあることだろうな…


って、つれつれと前置きが長くなってしまった。本題に入ろう。

羽衣のいわゆる「妙ージカル」は今回もバリバリで(動画では見たことがある)、ミュージカルなのにすごいアングラ臭、という、独特のバランス。
作演出の糸井幸之介や、役者さんの生活感がモロに反映された5組の男女のあれこれ。
性行為もすごくあるあるな雰囲気で、見てると恥ずかしくなる。
ダメなんだよなー、男女のバカな睦言みたいなの見せつけられるの。役者さんに共感できることで、自分のバカエロな部分が晒されるからなんでしょう。さらに、生々しい男女の人間関係から目を背けたくなるという、生物としてヤバげな自分も晒される。あーやだやだ。

さて、生活感は性だけじゃなくて、歌や踊りにも現れてる。
メロディーや踊り、一つ一つはごく単純で、誰でもつくれそうなもの(もちろん、バカにしてるわけじゃない。それらを織り合わせて縫い合わせて2時間強の作品へと構成する力が半端じゃないから妙ージカルが成立してる)。それも良いんだな!

鈴木ユキオ オープンクラス

2012/11/30 21:49
森下スタジオで行われていた鈴木ユキオさんのオープンクラスへ。
体を感じる、周りを感じる、感じたことを動きにする、っていうプログラムだった。

最初はひたすらジャンプ。体の重みを感じながら跳ね続けた。腕をゆっくり上げたり降ろしたり、頭を回したりしながら、神経を研ぎ澄ませて体の状態を感じる。
パクストンのコンタクトインプロビゼーションも、美的体験なのだけど、これもそれなんだなって思った。

膝を釣った糸を手で持っている状態を想像しながら、足の裏や側面の感覚を澄ませながら動いていったり、
二人一組になって、体をつつかれた感覚を動きにしてみたり。
最終的には、自分でつつかれたつもりになって動いた。

鈴木ユキオさんの作品は見たことがないけど、一度行ってみたいなと思った。